日露戦争と満鉄のこと
最近NHKで「坂の上の雲」の再放送を日曜日の夜11時からやっているので楽しみに視ています。するとまた日露戦争や満鉄のことでいろいろ気になることが出てきて、調べてみました。
満鉄(南満州鉄道)は、もともとロシアがシベリア鉄道のウィスリー川沿いのハバロフスク経由の本線が難工事で建設が遅れているため、中国(当時は清)の領内を横断してウラジオストックまで建設した東清鉄道の 途中のハルピンから分岐して、遼東半島の旅順までの支線です。
この鉄道はロシアが敷設したので、いわゆるロシアゲージ、5フィート1524mmゲージの鉄道でした。
日本軍が旅順の攻略に成功して北進をはじめると、まずこの鉄道を改軌する必要が生じたようです。ロシアゲージのままでは、シベリア鉄道に直通するロシアの兵站補給路になってしまうので、それを遮断する必要があったようです。
ここで日本陸軍は、満鉄になった後の1435mmゲージに改軌するのではなく、日本と同じ1067mmゲージに改軌したようです。そして英米から輸入したF1(9200形)やB6(2120−2500形)といった機関車を投入したようです。
この改軌や鉄道の再構築には、陸軍の鉄道大隊と鉄道作業局の共同で野戦鉄道提理部という組織がつくられて建設工事にあたったようです。客貨車は日本本国の官鉄や各私鉄から徴用されたようですが、調べてみてもよくわかりません。
日露戦争が終わって、ポーツマス条約でロシアからこの鉄道権益を得て、満鉄が設立されてから、1067mm から1435mmに再度改軌されたようです。そのため不要となった1067mmゲージの機関車は日本に送られて、日本国内の鉄道を走ったようです。
いきなりロシアゲージ1524mmゲージから1435mmの標準軌に改軌しなかったのは、当時の日本は標準軌の本線用蒸機も保有しておらず、その運転のノウハウもなかったし、急に外国から調達するのは困難であったためだと思います。
以前は満鉄の話は興味がなかったのですが、日本の明治〜昭和の蒸気機関車をはじめ 鉄道のすべては満鉄抜きには理解できないと最近思うようになりました。
満鉄の概略については、このホームページが詳しいです。


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