TMSコンペ2025

TMS2026年1月号が発売され、TMSコンペ2025の結果発表がありました。拙作の鉄道作業局F3は準佳作入賞ということで、自己評価による予想とだいたい同じでした。今年も4年前と同じく、塗装を予定してたお盆休みが天候不良で、危うく出品できないかと思いましたが、何とか9月に入って天候が回復したので、塗装が間に合い応募出品できましたが、そのしわ寄せで仕上げが雑になった部分が少なからずありました。またサウンド搭載も間に合わなかったので100%完成状態ではなく。 それが若干評価を下げたのではないかと考えています。

塗装については、特に英国原型古典機の色罐は、やはり晴天の太陽光の下で色味を見ながら塗りたいので、天候と仕事の休日スケジュールがうまくかみあわないと塗れなくなってしまいます。自分はもう定年の歳ですが、自営なのでまだ現役でそのあたりの時間調整がビミョーです。

また今年は応募作品数が前回に比べてかなり多く、全体のレベルが上がったことで、入賞枠が増えたにもかかわらず前回のコンペでなら準佳作以上に入賞したであろう作品が、努力賞や選外になってしまったのが多いという声がSNSではおおくあがっているようです。

まだ作品写真も準佳作以下の後編が掲載されたいないので、はっきりしませんが、講評を読むと、美しく仕上がっていて、ちゃんと走ることが 入賞の最低ラインで、何かそれにプラスするものがないと上位入賞にはならないような印象を受けました。

今月号の表紙写真の一番手前写っている、ボイラーの青い蒸機が私の作品です。

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おそらく作品が手もとに戻ってくるのは、渋谷IMONでの展示会が終わって 3月頃になると思いますので、もう少し手をいれてから記事を投稿させていただきたいと思います。

 

 

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走らせない鉄道模型??

 最近走らせない鉄道模型が鉄道模型雑誌に掲載されることが増えたように思います。以前から蒸機など車両模型のディテールアップした作品で、フルパイピングした蒸機で直線専用機になっているものは誌上でときどき見かけましたが、最近はレイアウトセクションでも運転を考えて接続部や電気配線などの準備工作をしていないレイアウトセクションというよりは、精密情景ジオラマといったものを誌上でときどき見かけるようになりました。
 「動くということが鉄道模型の他のソリッドモデルとは違った特質である」というのは、故・中尾豊さんが主張されていたことです。中尾さんは、その主張を実現するために「蒸機機関車のいる周辺」というレイアウト・セクションをつくられました。そのセクションは、閉店してしまった大阪・梅田マッハ模型にずっと展示されており、JAMでも展示されているのを見たことがあります。ただ車両が動いていないと死んでいる印象を受けました。やはりあの作品は動く鉄道模型という土俵の上で作られたものだと思いました。
 また動いてもディテール重視で列車を牽けない機関車など走行性能が形態に対して不釣り合いな車両も本来の鉄道模型からは逸脱していると私は思います。

 走らせない車両模型や精密情景ジオラマを鉄道模型としてよいのか、今後また議論になっていくと思います。

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走らせない鉄道模型??

 最近走らせない鉄道模型が鉄道模型雑誌に掲載されることが増えたように思います。以前から蒸機など車両模型のディテールアップした作品で、フルパイピングした蒸機で直線専用機になっているものは誌上でときどき見かけましたが、最近はレイアウトセクションでも運転を考えて接続部や電気配線などの準備工作をしていないレイアウトセクションというよりは、精密情景ジオラマといったものを誌上でときどき見かけるようになりました。
 「動くということが鉄道模型の他のソリッドモデルとは違った特質である」というのは、故・中尾豊さんが主張されていたことです。中尾さんは、その主張を実現するために「蒸機機関車のいる周辺」というレイアウト・セクションをつくられました。そのセクションは、閉店してしまった大阪・梅田マッハ模型にずっと展示されており、JAMでも展示されているのを見たことがあります。ただ車両が動いていないと死んでいる印象を受けました。やはりあの作品は動く鉄道模型という土俵の上で作られたものだと思いました。
 また動いてもディテール重視で列車を牽けない機関車など走行性能が形態に対してアンバランスな車両も本来の鉄道模型からは逸脱していると私は思います。

 走らせない車両模型や精密情景ジオラマを鉄道模型としてよいのか、今後また議論になっていくと思います。それともなし崩しに鉄道模型として承認されてしまうんでしょうか?

 

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パーツ依存症

最近いろいろなブログを読んでいて、心に刺さったのが、古鉄さんが

16番の市販品が少なくて皆さんが手作りしていた頃は手作りだからさほどお金もかからず、気楽に楽しめたんじゃないかと思います。市販パーツが充実して、買って取付けるのが当たり前になった瞬間から、汽車作りはお金持ちの道楽になってしまったんじゃないでしょうか?

と書かれていたことです。

とはいっても 逆に

市販品のあるパーツはそれを購入して、そのパーツを作るための時間を節約=時間を金で買って それで浮いた時間を自分で工作するしかない部分に投入して作品全体の質を高めた方がよい

というのもひとつの考え方です。

といっても私を含めて多くの手を動かすモデラーさんは、そこまで深く考えずに漫然とパーツを買って使っているのかもしれません。

厚労省のホームページ

Q.依存症ってなに?
A.特定の何かに心を奪われ、「やめたくても、やめられない」状態になることです。

と書かれており

依存症には「物質への依存」と「 プロセスへの依存」のおおきな二つの種類があるそうです。

どちらにも共通していることは、繰り返す、より強い刺激を求める、やめようとしてもやめられない、
いつも頭から離れないなどの特徴がだんだんと出てくることです。

模型パーツでいうと

物質への依存というのは、パーツがあればそれを使うということであり

プロセスへの依存というは、そのパーツをどうやってつくることを考えるより使えるパーツがあるかまず検索してしまう

ということかと思います。

常時在庫を謳っているエコーモデルなど一部のメーカー以外のパーツでは、今買わないと入手できないかもしれないという強迫観念もあるかと思います。

パーツコレクションも楽しみだし、パーツの充実で工作派のモデラーさんが楽しめているのも確かなので、エラそうなことを書くまでもないのですが、プチ終活で自分の罪庫チェックしてみると・・・

いろいろ感じることがありました

 

 

 

 

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3Dプリンタと手工作

私は3Dプリンタを使って模型を作ることには手を出すつもりはありません。

先日URさんがX(ツイッター)に

模型趣味なんかも3Dプリンタなどで精巧精密なものが作れる様な時代になってきたけど、自分の手を動かす模型作りはその行為自体が楽しみであり目的でもあるので、対立軸になる様なものではないんだよな。

とつぶやかれていましたが

まさにそのとおりだと思いました。

最近古典機模型ファンが微増しているが、Nゲージのモデラーさんが多く3Dプリンタ使いの方も多いので、今後古典機模型はどうなるんだろうがと心配されている方がおられましたが、これまでは古典機模型製作=手を動かす鉄道模型工作だったわけですが、今後はその二つのグループが分化していくかもしれないですが、それぞれ続いていくだろうと思います。

これを3Dプリンターを旋盤などの工作機械に置き換えても同じことがいえると思います。

旋盤がないと古典蒸機模型ができないのではなくて、手工作でもそれ自体が楽しみであり目的である

と考えればよいと思います。

私は1個のパーツだけ作るときは、工作機械使うと段取りを考えるのが面倒で、手加工で作ってしまうことが増えました。工作機械使うときはむしろその加工の段取りを考えるのを楽しんでいるように思います。

だから工作機械を使うかどうかも 自分の手を動かす模型工作と対立軸にはやはりならないと思います

 

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温故知新 TMSアーカイブズ考

広辞苑によれば、温故知新(おんこちしん)とは「昔の物事を研究し吟味して、そこから新しい知識や見解を得ること。ふるきをたずねて新しきを知る」ことだそうです。

TMS誌で1000号に向けてTMSアーカイブズという連載記事が載っています。過去のTMS誌に掲載された記事を要約して再掲載するという企画のようです。
ただひとつよくわからないのが、掲載記事がTMSでも掲載当時にはかなり評価された有用な記事であることは間違いないのですが、それを歴史的な資料として掲載しているのか、現在でも通用する実用記事として掲載しているのか そのあたりの編集部の意図です。

12月号の片野さんの「8550の作り方」は、古典蒸機自作ファンの間では今でも「米国型古典蒸機製作の教科書」と評価されていますし、今月号の中尾豊さんの「国鉄蒸機のテクニック」についても、302号と303号に掲載された続編記事とあわせて有用な内容も多々あると思います。
ただ現在は陳旧化してしまった技法も少なからず含まれているので、これらのコンテンツを現在100%使えるか、最良の推奨される技法なのかといわれると疑問符がつくと思います。
特に中尾さんの蒸機のギアボックス+ゴムチューブなどの動力調整関係を読むと昔はああやって苦労して調整したなという記憶は蘇りますが、現在はもっと優れた簡単な技法があると思います。

昭和30-40年代の任侠映画などをDVDやネット配信で見ると「(現在では)不適切な用語・表現があるが、作品のオリジナリティーを尊重してそのまま放送します」というテロップがよく冒頭にでます。
TMSアーカイブズに掲載された内容も「現在では陳旧化した技法や入手できない製品もあるが、原著のオリジナリティーを尊重してそのまま掲載します」と注釈つけるべきではないかと思います。
あの内容が現在でも全部通用する推奨された技法と誤解されて実行される読者もおられるのではないかと思います

あのTMSアーカイブズの記事から、また新しい技法が生まれてくればよいと願っています。

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なぜ鉄道模型車両を自作するのか?

 某SNSで「ブラスモデル完成品が高くて買えない」というポストに「自作すれば安くつく」というコメントがついていましたが、これはまったくナンセンスですよね
 ブラスモデルと同じ構成で自作したり、バラキットを組んだら、自分の模型製作に対する人工費(にんくひ)や工具の償却費など考えると、到底完成品の値段では出来ません。

 いまどきの自作やバラキット組み立ては工作や製作のための資料集めを楽しむためにやるものだと思います。昔と違って自分の欲しい模型をローコストで手に入れる手段ではなくなっていると思います。
 ライブスチームを自作されている方が、一見金のかかる趣味に見えるが、工作を楽しめる時間単価で計算するとこんなに安い趣味はないと書かれていたのもなるほどと思います。
 また完成品のある車種の模型は自作しないという方もおられますが、完成品と同じ土俵で他人から評価されるのはどうも・・・という心情は理解できますが、これだけ多品種の完成品が市販されていると それにこだわるのもなぁという気がします。
 自作やキット改造を欲しい模型を手に入れるための手段と割り切っておられる方はそれでもよいのかもしれませんが、自分には違和感あります。むしろ完成品がでている車種でもそれが自分の欲求水準に達しないから、自作するという心情に共感できます。

 TMSの車両コンペでも最近はスクラッチビルドの入賞作が減ってキット加工が増えたのはどうも・・と批判される方もおられますが、結局これだけキットの車種が増えて製品レベルが上がってくると、最初からスクラッチするより製品利用で浮いた時間を別の部分の工作に投入して、ハイレベルの模型を作った方が上位入賞しているような印象を持っています。審査のとき、スクラッチビルドの作品にハンディをつける必要はないと私は思います。

ちょっと話が飛びますが

 若いときににはフルスクラッチの自作模型に憧れた時期もありますが、人生も半ばを過ぎて先が見えてくると、許容できる範囲でキットやパーツはできるだけ使って、残された時間に自分の作りたい模型をできるだけつくっておきたいという心情が優先するようになりました。
 つくりたかった模型でできなかったものが多ければ、現世に未練が残って成仏できないかも・・・(というのは冗談です)
 若いときなら許せなかったキットやパーツの不満も、最近は許容して使えるようになりました。歳をとって人間丸くなったのかもしれません。

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TMS8月号「表情を捉える」の総括 

 今日は夏バテで一日ゴロゴロしていたので、TMSを久しぶりに熟読してみました。いつもは電車の記事は読まないのですが、117系電車の記事の最後に「表情を捉える」の総括としてこういう記述がありました。p.85

 昨今の鉄道摸型工作では、日本人の気質もあってか高度な工作ばかりが注目され、後を追う者が同じような品質を目指さないとならない空気感があります。周囲と歩調を合わせることばかりを考えたエ作では、実車への想いは薄れ、いずれ力尽きてしまいます。積み木で例えればどれだけ高く積み上げられるかを競うばかりに、積み木自体の形状や積み方への考察がなおざりになっている状況と言えます。とうしてその積み木を使うのかなぜその積み方にしたのか説明出来なくては目標を成せないのは明らかです。

 最近の鉄道模型工作が、テクニック優先でコンセプトが薄れているというこの意見にはまったく同意します。


 もちろん実車の思いは強くても工作が一定水準に達していない模型は、車両模型にしてもレイアウトにしても模型雑誌に掲載されてもしかたがないとは思いますが、構想と工作のバランスをとるのは難しいと感じます。

 

 

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手加工 機械加工

 鉄道模型特に蒸機のスクラッチビルドを続けていると、どうしても工作機械が欲しくなります。みなさんボール盤、旋盤まで逝く方は多いですが、それに飽き足らずフライス盤とか・・・まで逝ってしまう方も少なくはないようです。
 私も一時そちらの道に逝きそうになりましたが、旋盤とそのフライスアタッチメントで踏みとどまりました。工作機械を工夫して使うのは別の意味で楽しいのですが、それは機械工作道楽であって、本来の鉄道模型工作とは違うように感じるようになったからです。
 平岡さんのライブスチームの本などを拝見すると、その工作の素晴らしさに感動はしますが、自分のやっている16番蒸機模型工作とはなにか本質的に違うところがあると感じています。
 西宮のH御大も現役で仕事されていた時は工作機械を駆使されていましたが、本職を引退されて模型に専念されるようになってからは、ボール盤とフライスアタッチメント付きの小型旋盤のみを使って後は糸鋸とヤスリの手加工で工作されているようです。まあそれで、あのレベルの蒸機を続々と完成されているのも常人技ではないと感じますが・・・

 とはいっても手加工メインか機械加工メインかというのも、どちらがよいという話ではなく結局「好みの問題」ということになってしまうのだと思います。

 私は決して器用な方ではないですが、やはり手加工派で、主台枠やロッドは糸鋸で切り抜いてヤスリで削るというのが楽しいです。フルスクラッチビルドにこだわらず、パーツやキットも積極的に利用して楽しんでいこうとおもいます。

 

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TMS8月号 ベイヤー・ピーコック3200形 遺聞 を読んで

TMS8月号に石島治久さんの「ベイヤー・ピーコック3200形 遺聞」という記事が掲載されています。3200形は1C1ですが、マンチェスター科学産業博物館に、3200形の組み立て図とは別に機関車の先輪を省いて、フロントデッキを短くした仕様の図面が保管されている。3200形はC1として発注されたが、日本鉄道の要望で先輪が追加されて1C1になったらしいという経緯が、1/80の図面と一緒に載っています。

同時にドイツに発注された、3170形と3240形はともかく、石島さんのおっしゃるように3200形は先輪がない方が格好よいですね。英国本国の蒸機では、中小型機のC形やD形では先輪がないのが多いようです。

それに対して植民地などに輸出されたサブロク以下の狭軌の蒸気機関車は先輪付きが多いように思います。線路状態や軸重の関係でしょうか?南アフリカの機関車は二軸先台車が多いですね。

模型では先輪をつけると、カーブ通過でのシリンダーブロックとの当たりを避けるため先輪を前に出さざるをえないので、前端梁も1-2ミリ前に出でしまいます。そのためどうしてもデッキが広くなってしまい、少し間が抜けたような面構えとなります。7800形や7850形のように煙室が煙室サドルより前に突き出しているタイプはあまり印象はかわらないのですが、それ以外のシリンダーブロックと煙室カバーの前面が一致しているタイプの英国型は模型は実物から印象がチョッと変わってしまいます。

2120形(B6)が恰好良いのも先輪がないからかもしれないですね。9150形あたりも先輪をつけないで、デザインし直してみると少し引き締まるような気がします。<個人の感想です

(7/30追加)
石島さんの記事にもあるように、英国発注分はニールスン(ネルソン)社が辞退したため、全部ピーコックが受注したわけですが、もしニールスンが受注していたら、サイドタンク沈み鋲仕上げのまた違ったスタイルのロコが納入されていたのではないかと想像をめぐらすのも楽しいですね

 

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